三田佳子の息子「炙りの祐也」子育て、逮捕された次男の環境、嫁、学校や関東連合、アイドル乃木坂との関係とは

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三田佳子は女優ですが、子供は男の子が二人います。

長男は森宮隆。

次男は高橋祐也で、1979年12月9日に出産しています。

その高橋祐也が覚せい剤で度々逮捕されており、今回、なんと4回目の逮捕が発覚しました。

初めての逮捕が発表された当初は、かなり大騒ぎになり、その後の更生生活もテレビなどで取り沙汰されていましたが、その後も度々、逮捕される事態になっていました。

ですが、最近は話題になっておらず。

更生して穏やかになったのかと思いきや・・またもや覚せい剤での逮捕。

三田佳子と言えば、女優としてまさに大御所。

その三田佳子の子育て、次男が育った環境、次男の高橋祐也の交友関係や、人柄、過去を当時の報道を振り返りつつ調べてみました。

高橋祐也とは

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女優三田佳子と映画カメラマンであり元NHKのプロデューサーである高橋康夫の間に生まれた次男。

長男は俳優の森宮隆。

逮捕のため、森村学園高等部を退学処分となり、その後、大検から東海大学教養学部へ入学。

舞台俳優として芸能界へデビューをしています。

またインディーズ歌手としてもデビューを果たしています。

高橋祐也の犯罪歴

高橋祐也のこれまでの人生は、逮捕の歴史でもあります。

そんな高橋祐也のこれまでを逮捕歴と共にまとめてみました。

初めての逮捕は高校生!学校は・・。

始めて逮捕され、大騒ぎになったのは、高橋祐也がまだ高校生だったのです。

1998年1月7日 「覚せい剤取締法違反」にて現役高校生が逮捕!

これが初回の犯罪となります。

この時は初犯ですし、何よりまだ高校生。

そのため、処分も軽く「保護観察処分」となりました。

その代りといってはなんですが、母であり女優である三田佳子への集中砲火が始まりました。

三田佳子は、逃げることなく会見をし、聞かれるままに答え・・。

当時も思ったのですが、下手すぎます。

ある程度台本を作って、ブレーンと共に回答を練って来れば良いものを、彼女の人の良さが出たのか、天然だったのか・・。

ぶっちゃけすぎた。

会見時間も長々と続き、あろうことか引退すべきかどうかのやり取りまで始まってしまう始末。

取材に来ている記者が決めることじゃないし、勧めることでもないと思うんですが・・。

最後は身内が無理やり仕切り、引っ張って退場させるような感じで終了。

その時の返答内容に、当時ネットもないので非常に一方的なワイドショーでの他の芸能人著名人のバッシング意見が飛び交う有様でした。

週刊誌も”三田佳子に問題有り”の一点張りでした。

書けば売れるので、そりゃ書くだろうし、犯罪を犯したのが未成年だから仕方ないだろうけど・・。

でも三田佳子だけがあそこまでやられる必然性があったのか、正直疑問です。

本当にマスコミが全て!で振り回されている時代ですので、世論がすごいことに。

彼女自身が女優活動を自粛、引退を周りが必死に止めるという異常事態。

当時出ずっぱりだったCMも全て降板。

そして私生活もガンガン暴露されて書かれまくりました。

私邸の写真も出まくりました。

その私邸が豪邸であることも非難されました。

もう訳がわかりません。

勝手に写真撮って雑誌に載せまくりテレビに出しまくり、家が豪華すぎると批判・・(´・ω・`)

子育ての環境やなんかも赤裸々に。

プライバシーや別の意見など入る隙間はありませんでした。

三田佳子にも生活があるし、親で責任はあるのは確かですが元NHKの夫のところヘは行かない。

ひたすら三田佳子は責められ続け、マスコミに捕まる度に謝り続け。

慌ただしく自宅へ帰れないドタバタの中で取材陣が勝手に敷地に入っている、家に自分が帰れない状況にもなっていました。

三田佳子はどんどんやつれて病気になるんじゃないかという雰囲気でした。

かなりの期間、三田佳子の露出が激減しました。

これ(母親が閑職になる)が狙いで息子は犯罪を犯したんじゃないかと疑ったほどです。

二回目の逮捕。覚せい剤乱交パーティー!

2000年10月25日。

この時も「覚せい剤取締法違反」で逮捕。

但し、初回のときとは違って、かなりビックリな状況がニュースで公表されました。

なんと、ただ一人で使っているのも普通じゃない覚醒剤。

これを使用しての”乱交パーティー”を行っていたとのこと!

そのパーティーには芸能人も参加しており、当時かなり大騒ぎになりました。

その芸能人は1人や2人じゃないということや、頻繁に覚せい剤パーティーを行っていた話など、当時のマスコミは報道していました。

ですが、そのパーティーに参加していたと確定された芸能人は二人だけ。

嘉門洋子と吉田里深です。

そしてその2人に対しては、あまり取り沙汰されませんでした。

嘉門洋子はウィキペディアですら、そのことに触れてさえいません。

吉田里深は当時の会見での発言が載っているに留まっており、その内容も当時の謝罪のみです。

事実内容を認め、「未成年だったとはいえ、軽率でした」と釈明した

結局、三田佳子のネームバリューを利用してマスコミが騒ぎ立て、美味しい思いをしている状況が続いていて。

未成年に覚せい剤が浸透している事実や、覚醒剤の流通路などを真剣に問題視されることはほとんどありませんでした。

高橋祐也はこの「薬物乱交パーティー」を全面的に認めて、懲役二年、執行猶予5年という判決を受けます。

そして大学は、退学処分となりました。

覚せい剤取締法違反で二度目の退学処分です。

判決後、三田佳子と交友関係のある唐十郎が身元引受人となり、劇団へ入れ更生へ。

舞台俳優として、歌手としてデビューを果たします。

3回目の逮捕

更生したと思われた高橋祐也がみたびニュースに上がったのは2007年11月15日。

同じく「覚せい剤取締法違反」で逮捕されました。

コンビニのトイレで覚醒剤を吸引していたところ、店員が通報、高橋祐也を路上で職質し、所持していた覚醒剤を確認。

「現行犯逮捕」となりました。

この時、三田佳子は自分たち夫婦の教育の責任だと発言。

「すべては私たち夫婦の教育の失敗」と全面的に謝罪

その時に、高橋祐也の実情が三田佳子から語られました。

実は、二回目の逮捕から6年後には、一人暮らしができる状態になっており、精神的に安定していたこと。

だが、翌2007年に鬱病になり、重度だったのか一時期入院していたこと。

逮捕前には、鬱病が再び悪化したため再度入院させようと準備していたことを話しています。

鬱病が覚せい剤によるものなのか、禁断症状によるものなのかはわかりませんが、抗うつ剤が覚せい剤と似た反応を示すことは明らかです。

鬱病の辛さから覚せい剤に手を出したのだと思います。

覚醒剤を使っている経験があると、麻酔などが効かなくなるのは医者から聞いたことがありますが、抗うつ剤も通常のものの効果が低くなるのかも知れません。

そもそも、覚せい剤の乱用は日本が起源らしいのですが、覚醒剤は元々喘息の薬として開発されたものらしく、鬱病の治療にも使われていたということで・・・

第二次世界大戦中には、軍需工場で夜通し働かせたり、神風特攻隊の人たちがそれをキメて突っ込んでいったり、軍需品として使われました。戦争が終わってその軍需品が放出される中で、ヒロポンっていう商品名で流通して、小説家とか新聞記者とか学生みたいな人たちの中で、寝ずに仕事できる、勉強できる薬として広がりました。それで、1951年に覚せい剤取締法ができたわけですよ   <覚せい剤の乱用文化は日本起源だった。ナショジオ>

3回目の逮捕の時には、身元引受人だった唐十郎も3年以上会っていないことをマスコミに説明し、それ以上の関わりを断っています。

もう面倒は見きれない、そんな気持ちをはっきり前に出した感じでした。

また三田佳子は、高橋祐也が既に社会人となっていることもあり、芸能活動自粛はこの時はしていません。

結局、高橋祐也はこの逮捕で実刑判決を受けるます。

ですが、依存治療の目処をつける目的で一旦控訴をし、判決を言い渡された3ヶ月後には薬物依存治療の目処がついた為、控訴を取り下げて刑罰を確定しています。

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2008年1月28日に懲役1年6ヶ月の実刑判決を言い渡され、4月に刑が確定となりました。

そして2009年6月には仮釈放となり、依存リハビリセンターに入所しています。

今回、4回目の逮捕

2018年、今年9月10日にまた「覚せい剤取締法違反」で逮捕。

渋谷の焼肉店で知人と来店した際、客と口論となり、警察に通報される。

駆けつけた警官が高橋祐也を見て、言動がおかしいと判断、尿検査を実施したところ、覚醒剤の陽性反応が出る。

このような経緯で「緊急逮捕」となったようです。

今回の逮捕にあたって、警察からの情報で高橋祐也は炙って吸っていたことがわかっています。

が、実はこの吸い方で「炙りのユウヤ」という二つ名があることがわかりました。

「ある週刊誌が高橋容疑者のワル仲間と接触。『祐也は炙りがうめぇんだよな』と覚せい剤を火で炙って吸う常習者であることを報道。『炙りのユウヤ』の名前が付いたのです」

結婚している?乃木坂にDV!?

2010年2月2日、3回目の逮捕の後、一般女性と結婚しています。

当時彼女は26歳だったそうです。

一般人とのことで、彼女の詳細などは非公開でわかりません。

9月30日に、長男が誕生していますが、2017年秋に大和里菜との不倫が発覚しています。

そして、不倫相手である大和里菜への暴力、DVが発覚し、負傷した大和が警察に駆け込んでいます。

大和さんは『以前も彼にひどく暴行され、アバラを強打したことがあった。そのため今回、身の危険を感じて警察にかけこんだ』と証言。
その時のケガは軽症でしたが、以前殴られたというアバラは骨折していたそうです。

大和里菜は、2014年に未成年飲酒疑惑で乃木坂46を卒業させられた過去があります。

この件で、業界では大和里菜がこのような件で名前がマスコミに出たことに「なんでそんな変なところで名前が出るんだ」と同情よりもひんしゅくを買ったようです。

大和里菜自身が、高橋祐也を援助目的の交際であることを話していたそうで

「お金持ちのパパを見つけた」「高橋さんと会うと車代として3万円くれる」

等と話していたそうです。

そのお金・・三田佳子のお金ですね・・。

関東連合の殺人事件との関係

これまでの経緯を見れば、高橋祐也が関東連合と交流があった言われても、正直違和感はありません。

が、実際に、関東連合との関係が取り沙汰されたのは、単なる交友関係とは言い難いものでした。

2000年に関東連合が、集団殺人事件を起こします。

通称「トーヨーボール(人違い)殺人事件」で、この時に使われた犯行車両が、三田佳子名義のものだと発覚。

調査から、高橋祐也が犯人に貸したものであったことがわかったのです。

この事件から、高橋祐也が関東連合と交友関係があることが明確になってしまいました。

この事件の首謀者であり、当時未成年で逮捕されていた石元太一は、高橋祐也のことを自分のブログでこう語っています。

高橋ゆうや、なつかしいですね。あの当時若林の先輩が連れ回していたので、自分達と少し関係がありましたが、自分はよく知りませんですし、仲間というよりはその取り巻きといった方が正しいかもしれませんね。

喜んで連れ回されていたんでしょうか。

とても良い金づるだったのでは・・。

背景にある高橋祐也の環境。三田佳子の子育て。

三田佳子が一連の逮捕の度に質問を受けるのが、高橋祐也への金銭面での待遇です。

はっきり答えてしまう三田佳子もあれなんですが・・。

聞かれて答えた内容から、最初の逮捕時、高校生の時で小遣いが50万以上。

大学時代には70万、3回目の逮捕時の27歳の時には100万を毎月渡していたことがわかっています。

「舞台俳優や裏方、ミュージシャンまでやったものの、どれも長続きせず。三田が金を出すから努力する気もない。2010年に結婚して1児の父ですが、ズッと三田に生活を依存。自宅も三田に買ってもらった高級マンションに住んでいるといいます」(女性誌記者)

高校生の逮捕ということで子育てについて聞かれるも、やはり大女優でかなり売れていましたし、普通の家庭のように子供の世話をして料理をして・・ということはできなかったと話していました。

また、1回め、2回めと発覚したのは自宅の地下室での覚せい剤パーティーで、ここに高橋祐也が友人とたむろっていた、そういう場所になっていたことも気づいてなかった等の発言もありました。

当時は、なぜ地下室!?とかなり叩かれましたが、職業柄、業界の人が集まってのパーティー等で広い防音室が必要だった旨の説明を話していました。

高橋祐也がそこを自室にしたいと言い出した時に、普通の母親なら、何か間違いがあるのでは、やらかしそうという警戒心を抱くものです。

ですが、三田佳子は、高橋祐也の好みの問題としか思わなかったようです。

普段、母親らしいことをしてやれてない後ろめたさがあって、子供が望むことで叶えられるものは何でも叶えてやりたい、そんな気持ちだったらしいのですが・・。

その時、子供が親の目の届かないところを狙っている真意を疑っていたら、ここまでにはならなかったのかも知れません。

三田佳子のブログでは、マスコミに発表した内容と同じものをファンに向けて改めて掲載させていただきます、として、記事が上げられています。

この度の事件を受け、大変ご心配をおかけして申し訳ありません。

統合失調症を抱え、精神科に通うなど本人なりに努力はしてきましたが、この様な結果に大変残念としか言い様がありません。

親としては、もう力及ばずの心境です。

この上は、本人も40手前ですし、自らの責任と覚悟を持って受け止め、罪を償って、そして生き抜いてもらいたいと思っています。

来月喜寿を迎える私ですが、二度の大病やケガを乗り越え、日々「生かされている」思いでおります。多くの方の支えや応援に感謝しつつ、俳優としての残りの人生をかけて仕事に邁進していきたいと存じます。

                                  三田佳子

三田佳子がもっと子供は適当に放っておけば勝手に育つ、ぐらいの母親であったり、逮捕後に仕事の足を引っ張られたと怒りで突き放したりと、利己的な母親ならもっと違った風に子供が育ったかも知れません。

ですが、こうやってブログにファンに向けて伝えようとする実直さを見ると、やっぱり三田佳子は変わらないから三田佳子なんだよなぁとしみじみ思います。

普通はというか、他の女優さん達を拝見していると、やはり年齢相応に発言や雰囲気やなんかが変わってきていて、年を感じたり時代の変化を感じさせられるのですが・・

三田佳子はこのまんまなんですよね。

強いて言えばもっと元気が良かった、息子が逮捕されるにつけ段々と声に元気がなくなっていった印象があります。

でもほわっとした、ちょっと天然が入ったような無邪気そのものの雰囲気はそのままです。

歳を重ねても、本来の良さを失わずにいる姿を見ると、年を取るってなんだろうなと感じます。

次男は今後どのような人生を送り、どのような年を重ねていくことになるのでしょうか。

 

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